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名古屋家庭裁判所 昭和48年(少ハ)6号 決定

少年 R・Y(昭二八・二・三生)

主文

本件申請を棄却する。

理由

(申請の要旨)

本人は、昭和四七年一一月二七日窃盗等保護事件により当院に入院したが、その性格は未熟で耐性、自主性に欠け、被影響性が大きいため、周囲の動向に流され易く、常に不安定の生活を続け、その一例として去る四月一二日に同僚少年との喧嘩によつて謹慎処分を受けていることもあつて、当院としては個別処遇、夜間単独処遇、実科の変更等により強力に個別指導を推し進めたが、入院以来一年を経過する現在もなお最高処遇段階に進級することができず、その性格矯正のためには引続き相当期間強力な指導を続けることを要し、また、本人の母は去る七月三日病死し、姉は新婚生活に入り、父は所在不明であり、兄らも本人の引取りを拒否しており、現在適当な職親を開拓中であり、その調整にも相当の日時を要し、なお、出院後も暴力団との関係を絶ち切つて正常な生活と生業に定着するまでの相当期間にわたつて強力な更生援護を続けなければならないので、そのための保護観察期間を含めて、六ヶ月間の収容継続を申請する。

(当裁判所の判断)

1  本人は、昭和四七年一一月二五日名古屋家庭裁判所で窃盗、同未遂により特別少年院送致となり、同月二七日愛知少年院に入院し、昭和四八年一月二〇日少年院法一一条一項但書に基づいて収容継続決定があり、同年一一月二四日をもつて収容期間を満了するが、満了時現在未だ一級下の処遇段階にある。収容期間中の成績は、同年四月一二日同僚少年との喧嘩により謹慎三日間、減点二〇点の懲戒処分を受けたほかは格別の反則もなく、同年二月二七日および同年七月一四日にそれぞれ三ヶ月無事故賞、同年一〇月一四日に六ヶ月無事故賞を受けているのであるが、上記喧嘩による減点と同年七月頃皮膚病(タムシ)による単独処遇で実科時間の短縮等により成績点の得点が低下したこと、同年四月頃までの得点がやや低かつたことなどが主たる原因となつて進級が遅れている。

2  しかしながら、上記皮膚病による得点の低下は本人の責に帰すべきものでないことはいうまでもない。また、本人の唯一の懲戒処分の対象となつた上記喧嘩の内容は、当審判廷における本人および法務教官伊藤博の各供述によれば、同僚少年が食器洗い用ではないタワシを使用して食器を洗つているのを本人が注意したところ、同人に手拳で顔面を殴打されたという事件であり、本人は暴行を加えておらず、言葉使いが悪かつたとの理由で上記懲戒処分を受けたものであると認められ、本人は被害者的立場にあり、しかも自己の行動を自制している点も窺われるので、本件申請要旨のように上記喧嘩を本人の耐性、自主性に欠け、被影響性が大きい等の性格的負因に直ちに結びつけるのは疑問であり、反つて、本人は上記懲戒処分以後むしろ徐々に成績を向上させ、特に同年七月三日実母が病死し、その告別式に参列した以後は心境著しく、同年九月以降養豚の実科で豚の世話を一人で担当し、教官の指示に従順であるばかりでなく、自ら進んで仕事を見出して積極的に取組むという姿勢が見られるようになつたことは教官も認めるところであり、また、本人自身も母の死後甘えを捨てて自立することを真剣に考えるようになつた旨供述している等の事情を考慮すれば、上記喧嘩の紀律違反そのものよりも、本人がその後懲戒処分や母の死亡等の障害に耐え、反つて更生意欲を強くして努力していることを正当に評価すべきである。

以上によれば本人は収容期間満了時において処遇の最高段階に達していないけれども、進級が遅れた原因には本人の責に帰することができないものも含まれており、また、前記のとおり本人の生活態度の変容はその精神的成長を示すものと考えられるので、処遇の最高段階に達していないことの故をもつて本人の矯正効果が十分でないと断定するのは形式的に過ぎ、本人についての矯正教育の所期の目的はほぼ達成されているものと認められ、出院後の環境調整が適切になされるならば自立更生は十分に可能であると考えられる。

3  そこで、本人の出院後の帰住環境について検討すると、もともと飲酒、賭事に耽溺して家庭を顧ず、保護能力が著しく低かつた父は現在所在不明であり、家庭を支えていた母は死亡し、姉も結婚生活に入つたばかりで本人を引取るだけの余裕はない状態で、本人には帰るべき家庭がないのであるが、当裁判所の照会の結果、幸いにして、京都市において鉄工所を経営する○田○司から当裁判所に対し本人を引取る旨の申し出があり、本人もまた同人方に帰住、就職することを強く望んでいる。○田○司は、鉄工所を経営する傍ら、一〇数年間家庭裁判所の試験観察による補導委託の受託者として、少年の補導に当つてきたものであり、工場は小規模であるが、家庭的雰囲気のもとに技術面や生活全般について適切に少年を指導してきた実績を有することは、当裁判所に顕著な事実であり、出院後の本人の帰住環境としては真に適切である。なお、本件申請要旨に指摘されている暴力団関係については、本人が特別少年院送致前に徒食中一時的に暴力団関係者方に寄宿したことがあるにすぎず、名古屋保護観察所の環境調査調整報告書(写)によつても特に密接な関係はないと認められるのであるが、前記○田○司方に帰住することによつて従前の不良交友の復活の防止は一層確実なものとなると考えられる。

また、姉とその夫は、三回にわたる本件審判に出席し、正月体暇を本人と共に過ごす等本人の更生を精神的に援助する意思を表明している。

4  以上のとおり、良好に経過しつつある本人の生活態度に照して少年院における矯正教育の所期の目的がほぼ達成されたと認められ、本人自身の自立更生への意欲も強く、また、出院後の帰住環境が調整され、雇主および姉夫婦による事実上の補導援護も期待できる現段階においては、本人を社会に復帰させ、その自覚と努力に期待して自立更生への道を進ませるのが相当である。なお、本件審判時、名古屋保護観察所の環境調整の措置により、本人の出院後の帰住先として鉄工業を営む○城○俊方が紹介されたが、同人の当審判廷における供述によれば、本人の収容が継続されたうえで、仮退院後相当期間保護観察に付されることが本人を引取るための条件として必要であるとのことである。現在の少年院の処遇体制のもとでは、収容継続決定後直ちに本人を仮退院させ、収容継続の期間中は保護観察に付するという措置を期待することは不可能であるので、結局出院後本人を保護観察に付するためには本人が最高処遇段階に達するまで現実の収容を継続せざるを得ないのであるが、上記のとおり、本人を社会に復帰させるべき条件が一応調つている現段階においては、出院後の保護観察のため、或いは帰住先を○城○俊方に定めるために徒らに本人の収容期間を延長するのは相当でない。

5  よつて、本人について収容を継続する必要が認められないので、本件収容継続申請を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 多田元)

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